富木謙治師範の合気道-その名称について

師範の信念

昭和44年8月17日~23日にかけて、山形県警の道場で国士舘大学合気道部の夏期合宿が行われました。合宿中のある夜、私たちが宿泊していた清水屋旅館に、一人の老紳士が地元の名菓を手土産に訪ねてこられました。

「白田林二郎です。富木先生にお会いしたいのですが。」
その方は、富木師範の弟弟子にあたる白田林二郎先生で、当時は保険の外交員をされていたそうです。しかし、富木師範は体調不良のため合宿に参加されておらず、残念ながらお会いすることはできませんでした。

それから数年後の昭和52年頃、富木師範は吉祥丸道主との会談のため、新宿若松町の合気会本部道場に出向かれました。私もお供をさせていただいたのですが、会談に同席することは許されず、近くの喫茶店で師範をお待ちしました。会談では道主と当時の合気会理事長白田林二郎先生から、富木師範に対してご自身のやり方を広める際は合気道の名称を使わないで「富木流」「富木システム」と言った名称を使ってほしいとの要請がされたという事です。

会談を終えた帰り道、富木師範は珍しく憤慨されたご様子でした。「私を破門できるのは植芝盛平先生だけだ。」「柔道を嘉納柔道とは言わない。私は決して一流一派を作るために競技化を目指したのではない。」「今のままの形ばっかりの合気道だと他の武道に馬鹿にされる。全部でなくていい、一部でもいいから競技を持っていないといけない。」といった内容を熱く語られたことが今も印象に残っています。

座談会で語られた思い

同年発行された書籍『空手道』(創造、昭和52年3月発行)には、今村嘉雄(日本武道学会会長)、富木謙治(同副会長)、江里口栄一(全日本空手道連盟専務理事)、中林信二(筑波大学助教授)の4名による、「格闘技の歴史」をテーマとした座談会が収録されています。その中で、今村氏と江里口氏が、各流派技術の保存の必要性と同時に、学校教育に入れて広めていくための条件を示されました。それは、スポーツ一般同様、統一的なルール確立の必要性でした。富木師範も「それを私がやはり合気道の中で企てている訳なんです。」と語っています。そこから話題は「富木流」の名称を巡る話に及びます。富木師範がいかにこの「富木流」という名称をご自身の意図に反するものとして捉えていたかということが浮き彫りとなっています。以下お二人のやり取りを引用します。

今村:富木流と言われるからいけないんですよ。

富木:いや、私は絶対にそんなことは言っていないですよ。

今村:言われるんですよ。世間がそう見るんですよ。

富木:言うのではなくて言われるのですよ。全然異質のものなんです。

今村:それは駄目です。文部省が各流の権威者を集めて文部省の舞台で検討しまして、これは富木流というものではない。明らかに文部省流であるということになればいい、富木流だからいかん。

富木:それでは恐縮ですが、今村先生に文部大臣になって貰うより他はないですね。

植芝吉祥丸道主御葬儀にて

富木師範が亡くなられて20年ほど後、平成11年1月4日に植芝吉祥丸道主が逝去されました。御葬儀に参列させていただいた際、当時の昭道館長富木房江先生(富木師範の奥様)のお名前がかなり上の方に書かれていたことが思い起こされます。開祖、植芝盛平翁黎明期からの高弟である富木師範の合気道界における存在の大きさを改めて実感しました。その時藤田昌武先生とも再会し、少しお話しさせていただきました。

富木師範の御遺志とは

富木師範はご自身が長年の研究の上に確立された体系を「合気道競技」と名付けられました。そしてこの言葉に強い思い入れを持たれ、あらゆる場面で使用されました。例えば教育映画『合気道競技』(昭和51年TBSブリタニカ制作)、テキスト『現代体育としての合気道競技』、(昭和52年)機関紙『合気道競技』(昭和53年、『合気刀』から改題)、『全国合気道競技講習会』(昭和53年、54年、於秋田県角館)等にそのことが表れています。
富木師範はご自身の名前を合気道に冠することをとても嫌がっておられました。師範が目指されたのは、あくまで合気道の現代化=「合気道競技」の確立であり、一流一派としての「富木流」をつくることではなかったのです。

昭和51年3月28日、昭道館は合気道競技の中央道場として改築されました。この道場開き式の館長挨拶において、師範は合気道現代化への想いを武道の歴史から先人の修行過程と思想、そして合気道競技が進むべき方向性について理路整然と綴られました。以下にご紹介いたします。
昭道館はこの中央道場としての道場開き式から間もなく50年が経とうとしております。私は現昭道館長として師範が示されたその御遺志を改めて後世に伝えるためここに筆をとりました。我々の合気道の名称については、師範のお心に沿った呼び方をしていただきますようお願い申し上げ、結びの言葉とさせて頂きます。

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